【京丹波】ふるさと探訪「馬の踏石」(京丹波町大倉)

2月 26, 2016 · Posted in 記事 
馬の踏石

きれいに整備されている「馬の踏石」の公園(京丹波町大倉で)

八百万の神の国の人々が素朴な信仰心によって生み出した名所であることには間違いない。京丹波町大倉にある交通安全の守護神「馬の踏石」。大岩に穿たれた穴は、流水で削り取られた甌穴と思われるが、信心深い人たちによって神牛神馬の足跡として大切に祭られ、足の病が治るとして長年にわたってお参りが続いてきた。現在は公園として一帯が整備され、道行く人を見守っている。

国道27号の和知トンネルの南側にある「大倉」交差点から和知中学校方面に少し登った所の道沿いに、平成20年に整備された公園がある。この中央に鎮座するのが「馬の踏石」だ。現地に建てられている看板や郷土誌「ふるさと大倉」(平成12年、ふるさと大倉編集委員会発行)によると、いわれはこうだ。

この小道は古来より、由良川上流の桑田郡と京街道を結ぶ主要道だった。飛鳥時代の大化2年(646)に現在の南丹市美山町樫原に大原神社が勧請されたが、更に200年余りたった平安時代の仁寿2年(852)には現在の福知山市三和町大原に分祀するための遷座が行われ、この地がお旅所となった。

人々は神輿を奉った皇族や神官の行列を喜び迎えたが、後日、里人に神の夢告があってこの地を深く掘った。すると神牛神馬の足跡がくっきり残るこの岩が出現。驚いた里人は注連縄を飾るとともに人々の草履や牛馬の草鞋を供え、長旅の安全と「百姓の宝」である牛馬の足のけがや病気平癒を祈願するようになったという。

現地にある看板には、この大岩が甌穴であることが明記されている。甌穴は砂岩層の表面が水の流れで回転する小石によって削り取られて穴となったもの。つまり大昔、ここが由良川の川底だったという証明にもなっている。日本列島に人類が住むより前とされる約5万年前に形成されたと見られるこの甌穴。神牛神馬ではないかもしれないが、ある意味で造形の神が誕生させた奇岩なのだろう。

 

※記事を抜粋。詳細は2016年2月26日付の京都丹波新聞で

Comments

Comments are closed.